英語のスペシャリスト湯川れい子インタビュー#3

  • 画像/80周年記念

 第一線で輝き続ける音楽評論家、作詞家の湯川れい子氏。ずっと走り続けてきたように見えるが、全ての仕事を辞め、休んだ時期があったそう。「女性の音楽評論家なんて存在しなかった時代、経験がなくてもチャレンジするしか仕事を得る方法はなかった」という同氏に、転職や働き方に悩む若者に向けてアドバイスをもらった。
――50年以上、音楽の世界でご活躍をされていますが、これまでにお仕事を辞めたいと思ったことはありますか?

湯川: あります。それどころか、30代のときには「筆を折る」と宣言。持っていたラジオの番組を何本か降板し、すべての仕事を辞めたことがありました。

――バリバリとお仕事されていた真っ只中だと思いますが、理由は何だったのでしょう?

湯川: 私の場合は、時代の影響が大きかったですね。当時は60年代の終わり。ベトナム戦争が激化し、音楽がラジカルなメッセージ性を持つようになりました。すっかり世の中は「ロックは反体制の音楽でなければいけない」という風潮になっていって。日本でも反戦フォークがたくさん出てきました。少し前はエルヴィス・プレスリーやビートルズ、モンキーズが人気だったのに、その雰囲気がガラガラと崩れてしまった。東大、早大、京大のロック集会などに呼ばれても「エルビスなんかはロックじゃない!」と言われる。何を言っているんだろう……と腹立たしく思っても、みんな時代の空気にすっかり飲まれていて、何を言っても聞く耳を持たない感じで。音楽雑誌さえ理屈ばかりの原稿が多くなり、音楽の世界が本当につまらなくなってしまったのね。「ああ、私の好きな音楽はもう語れないのかな」と疲れ果ててしまったんです。

――お仕事を辞めて、どうされましたか?

湯川: ずっと心に抱いていたことを行動に移しました。「兄が戦死したフィリピンの地を訪ねたい」「小説を書きたい」「子どもも産みたい」――。そんなことを考えていたので、良い機会になりました。
――小説にもチャレンジされたのですね?

湯川: はい、ある出版社の方が背中を押してくださって、月1回、家に訪ねてきてはアドバイスをくださいました。ですが、3回目に書き上げた原稿を見せると、「あ、ダメですね。湯川さんに純文学は書けないですよ」と(笑)。

――「ズバリ」言われてどう感じましたか?

湯川: 「ああ、そうよね」と。私自身も、人の心の深層を細やかに書きたいという意欲はどうしても湧き出てこなかった。「やりたいのは小説家ではない」と自分で分かって、「ありがとうございました!」という気持ちでした。そこから、小説ではなく詩に目が向きましたね。

――それで、後に作詞家として活動されるのですね。

湯川: そうですね。といっても、作詞したラッツ&スターの『ランナウェイ』が大ヒットするのは、それから10年も先の話ですが。

――では、直接、音楽のお仕事に復帰されるきっかけとなったのは?

湯川: ベトナム戦争が終わって、エルヴィス・プレスリーがカムバックしたことがきっかけでした。70年代に入ると、彼のドキュメンタリー映画 『エルヴィス・オン・ステージ』が日本でも大ヒット。また、レッド・ツェッペリンなど新しいロックスターの台頭もあり、レコード会社のワーナー・ブラザース・パイオニア株式会社(当時)から「ぜひ、本当のロックとは何なのかを社員にも教えてほしい」と、顧問のお話をいただいて。今度は憧れのエルヴィス・プレスリーに引っ張り出されたという感じですね。気付いたら、あっという間にまた忙しくなっていました。
――今、転職や今後の仕事について考える人たちに言葉をかけるとすれば?

湯川: 最近の若い人は「この仕事、とても面白そうだからやってみない?」と声をかけても、「いやァ、結構です」とか「自分にはできないと思います」と答える人がすごく多くてビックリします。だって、チャンスは二度とないかもしれないのに!

――何よりもチャレンジする精神が大事?

湯川: そうなんです。結果を出す自信がないと言いますが、チャレンジしなければいつまでも結果なんて出ませんよね。私が音楽の世界に飛び込んだ頃、女性で音楽評論家なんて職業の人は日本に一人もいませんでした。サンプルもないし、自分にできる、できないなど考えることもなかった。この世界で生きていくために、仕事として確立するためには、英語でのアーティストのインタビューもラジオのDJも音楽の評論も「やりませんか?」と言われたら、経験がなくたって、「やらせてください!」という答え以外、あり得ませんでした。「チャンスがきたら、逃さず受ける」。そして、「絶対に相手を満足させてあげようという気持ちで、精一杯取り組む」。そうすれば、うまくできなくても必ず次があります。

――今のままでよいのかと迷ったときに、するべきことは?

湯川: 「一度きりの人生を、このまま過ごしていいのか?」と、真剣に自分に問いかけることだと思います。給料が安い・高いの問題じゃなくて、私たちは皆、あと何年、何か月、何百時間、あるいは何十時間、生きられるか分かりません。その中での「今、この1時間を、どう過ごせば後悔をしないのか」という問いかけは、とても大切ですね。

湯川れい子
1960年、ジャズ評論家としてデビュー。早くからエルヴィス・プレスリーやビートルズを日本に広めるなど、独自の視点によるポップスの評論・解説を手がけ、音楽評論家として活躍。ディズニーのアニメーション映画『美女と野獣』『アラジン』などの訳詞も手掛ける。また、作詞家としては『ランナウェイ』『六本木心中』『恋におちて』などが大ヒット。最近は、世界的な人気を誇るアメリカの歌手、キャロル・キングの半生を描き、ブロードウェイで人気を博したミュージカル『ビューティフル』の訳詞を担当。主演のキャロル役は、水樹奈々と平原綾香がダブルキャストで務める。7月26日(水)〜8月26日(土)に帝国劇場で上演。
【文/長島恭子 校閲/磯崎恵一(株式会社ぷれす)】
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