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母の子守歌、あの優しい歌声が私と音楽との初めての出会いでした。それから3歳でピアノを習い始め、部屋の黒い箱を開けてポンと叩くと音が出るのがとても面白かったですね。あまり積極的ではありませんでしたが、高校卒業まで15年間ピアノを経験したことが音楽の基礎となり役に立ったと思います。
歌を始めたのは小学5年生のときです。合唱部の友達に連れられて練習に参加して声を出したら、先生が「あなた、いい声じゃないの」と褒めてくださったんです。それまで引っ込み思案で小さな声でしか話せないような子だったのが、この一言で「私、歌ってもいいんだ」と思えるようになり、誰よりも元気に歌う合唱少女になったんです。
中学は国立の静岡大学付属浜松中に進み、ここでも合唱にいそしみました。2年生のときにソプラノのソロに選ばれて、もう少し上手くなりたいと思ってプロの講師に習いに行きました。先生のアドバイス一言で自分の声が驚くほど変わる、自分の身体が楽器だったということに気が付き、さらに楽しくなりましたね。 |
そのころ音楽は趣味としかとらえていませんでしたが、かなり力を入れていました。音楽に取り組む時間は純粋に好きなことができる。日々の勉強や試験など学校というある意味ストレスの多い環境とのバランスを、こうしてとっていたような気がします。
ただ、静大付属浜松中の授業はとてもクリエイティブで、理科の実験では目的と器具だけを与えられて、あとは自分なりの方法で実験を模索したりと、自ら考えて答えを導き出すような教育がなされていて、とても面白かったんです。そして、独自のカリキュラムでのびのび楽しく勉強するので、よく身につきました。おかげで、受験勉強を意識することなく、進学校の浜松北高に合格しました。入学後は軽音楽部に入ってベースを担当、初めてのポピュラー音楽だったので、コードなどの理論を勉強したり、けっこう練習していましたね。 |
高校では、1年生のときから勉強を進めていました。でも特別な対策を行ったわけではなく、授業の予習と復習を毎日欠かさなかっただけです。単に黙読するのではなく、色ペンを使って書いたり、声に出して読んだりと、五感を使って勉強するのが好きでしたね。そうすると楽しいし、思い出しやすかったり、特に私の場合は「音」ですね。声で身体を響かせることが記憶になりました。これで、ほとんどの科目に最高評価を頂きました(!)。そして、2年の秋に受けた模試で、日本中のどの大学でも文系ならどこでも合格するような成績をとってしまったんです。ここで東大を意識し、志望を文科一類に決めました。
それからも特別な受験勉強をしたわけではなく、ひたすら高校の定期テストをしっかりクリアできるように予習と復習を積み重ねただけなんです。その都度きちんと理解していれば、いざ受験となってもノートを見返すだけですごく簡単に思い出せる。だから高3でも毎日3時間ほどと、マイペースで勉強をしていました。夏休みには図書室で同じ東大文一を目指す彼氏と一緒に勉強をしていて、先生からは嫌味も言われましたが、私は「結果を見てください」なんて言って(笑)。受験勉強イコール彼氏と過ごす時間だったので、それもすごく楽しかったですね(笑)。 |
浜松北高は行事の盛んな高校で、特に11月にある合唱大会にはソプラノのパートリーダーとして積極的に参加しました。それに文化祭で軽音楽部のステージもあるので、開催直前は朝の4時からバンドの練習、授業を受けて放課後にまた、8時まで練習。それから家で必ず予習復習と、ちょっとハードな生活でしたね。勉強以外の面ですけど(笑)。でも、音楽を続けていたことが勉強に自然に取り組むための助けになったと思います。
受験の直前も、さほど急激な追い込みをかけた記憶はありません。ただ、2月には実際の試験通りの時間割で生活し、“赤本”を本番さながらに解いて体を入試に慣らしたことがよかったと思います。また、東大二次試験の翌日、自己採点をしたら、合格ラインに5点から10点足りなかったんです。今思えば、長い記述問題も、そこまで厳密に答え合わせができるということは、何ができて、何ができないかを、きちんと把握していたのでしょう。ただ、できるという事より、できることと、できないことを分かっていることが大切だと思います。それは歌でも同じなんですよ。
こうして、無事に第一志望の東大文一に合格できました。彼氏も一緒に受かったんですよ! とてもハッピーだったんですが、実は私は大学に入ってからの目標がまったくなかった。これで私は“迷子”になってしまったんです。
(次号・後編に続く) |
静岡大学教育学部付属浜松中、県立浜松北高を経て、東京大学法学部卒。小学生の頃から合唱部などで歌を始め、東大在学中にジャズと出会う。司法試験に挑戦しながらジャズクラブで歌うようになり、94年に「第10回日本ジャズヴォーカル大賞」新人賞を受賞。95年にメジャーデビュー、日本人ボーカリストとして初めて米ブルーノートニューヨークに出演。アルバム5作目「ジャスト・ビサイド・ユー」で「日本ゴールドディスク大賞」ジャズ部門賞を受賞。ワン・アンド・オンリーの暖かい歌声で、現在はジャンルにとらわれずに幅広く音楽活動を行っている。 |
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