英語のスペシャリスト湯川れい子インタビュー#1

〜私の仕事の履歴書編〜

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 アメリカ音楽に魅了されて音楽評論家となり、その後、ディズニーのアニメーション映画『美女と野獣』『アラジン』などの訳詞を手掛けるなど、英語のスペシャリストである湯川れい子氏。現在も、ミュージカルの訳詞を担当して第一線で輝き続ける彼女に、仕事で英語を使う上で大事にしていることなどを聞いた。

きっかけは読者投稿、初の海外取材に緊張

――音楽のお仕事に就いたきっかけを教えてください。

湯川: 雑誌『スイングジャーナル』の読者論壇に、ジャズについて投稿したことがきっかけです。2回掲載された後、「一度お目にかかりたい」と編集部から電報でご連絡をいただきました。お会いしたのは、後にジャズ評論家として活躍される、当時若手編集者だった岩浪洋三さん。「君の投稿にたくさん反応があった。すごくよかったので本格的に書いてみないか?」と言われたのが最初です。そこから、来日した海外アーティストのインタビューや通訳、他誌への寄稿など、仕事が広がっていきました。

――中学時代からアメリカの音楽に魅了されていたそうですね。

湯川: はい。毎日、ラジオの米軍放送を聞き、好きな音楽が流れると、聴き取れた歌詞を、ノートに書いていました。当時は歌詞カードなどどこにも存在していませんでしたから。 特に、20歳のときに初めてエルヴィス・プレスリーの音楽を聴いた時に、「誰、この人!?」と鳥肌が立つほどの衝撃を受けました。

――お仕事で初めて渡米したのは?

湯川: 1964年、東京オリンピックの年です。2年間の旅行ローンを組んで、ハワイ、L.A.、N.Y.を一人で取材のために回りました。でも、ハワイに向かう飛行機の中では、一人なのが心細くて、ずーっとしくしく泣いていました。優しい日本人のパーサーの男性が「アメリカ人は鬼でも蛇でも悪魔でもない。人間だから大丈夫だよ」と慰めてくださいました(笑)。

――緊張もありましたか?

湯川: そうですね。ホノルルの空港からバスに乗ったときも、「ホテルまで行き着けるかな」と本当にドキドキしていました。無事にホテルの部屋に着くと、あまりに喉がカラカラだったので、恐る恐る電話のルームサービスでパイナップルジュースをオーダー。ほどなくしてボーイさんが口笛を吹きながら持ってきてくれて、それを一口飲んだ瞬間、「大丈夫!私はいける」と、肝が据わりましたね。

――初めての海外出張ではどんなお仕事をされましたか?

湯川: ハワイでは、著名な当時の大スターだったナット・キング・コールと会ったり、ロスでは映画のスタジオやアーティストのマネージメント会社を訪ねたり、ラスベガスではライブを見たり、N.Y.ではコニー・フランシスやトニー・ベネットとお会いしたりしました。

――インタビューが目的だったのですか?

湯川: 実はこの取材旅行中、エルヴィス・プレスリーになんとか取材できないかと渡米前から画策。L.A.ではエルヴィスとつながりのある方を訪ね、エルヴィスのお父様も紹介してもらい、電話で交渉。先方の信用を得るために、ものすごく高いホテルに泊まって、返事を1週間待ち続けました。

――お会いできたのですか?

湯川: いいえ、それが結局「各国のジャーナリストや大統領や王様に会っていたら、ミスター・プレスリーのスケジュールは5年間、真っ黒に埋まってしまいます。ですから、ミス湯川のリクエストを受け付けられません」という回答が届きました。離陸する飛行機の窓から眼下に広がるL.A.の街を見たときは、悔しさと悲しさで涙が止まりませんでしたね。

言葉は生き物 「ラップにも挑戦したい」

――湯川さんがお会いできない方がいるとは。お仕事を始めた当初は、そんなこともあったのですね。現在は評論家、作詞家、翻訳家など音楽のフィールドで幅広くご活躍されていますが、最近、特に印象深かったお仕事は何ですか?

湯川: ブロードウェイのミュージカル『ビューティフル』(7月26日(水)〜8月26日(土)帝国劇場)の日本公演の楽曲の訳詞ですね。これは、キャロル・キングの半生を描いた作品ですが。今、60年代から70年代のキャロル・キングの歌を聴いてきた人はそうはいませんよね。私は歌詞も一緒に歌えるぐらいに頭に入っていますし、お話をいただいた時、「これはもう、私にしかできない!」と引き受けさせていただきました。ところが、ふたを開けてみたら、まあ難しいこと!例えば、声は音楽に乗っていても、歌詞自体を「あなたはぁ〜〜〜」と歌い伸ばしているだけだと「わぁ!日本語にしたら歌にならない……」となります。また、言葉の解釈も難しくて「you are so beautiful」を日本語にすると、キレイか可愛いかになりますが、英語だと「素敵ね」「よくやったわね」「すごいじゃない!」などと使い方の幅も広い。どう読み取るかに、大変苦労しました。

――ミュージカルの訳詞!奥が深そうです。

湯川: 訳詞は、原曲を日本語にした後、再び日本語の内容を英語に訳してアメリカに送り、チェックしてもらいます。その結果、「ここは日本語にせず、原曲の英語詞を生かします」といった流れにもなることも。もがき苦しみましたが、とてもいい勉強になりました

――今後、新たに取り組んでいきたいことはありますか?

湯川: ラップの聴き取りでしょうか。

――ええ!ラップですか!?

湯川: ラップで使われる言葉は、私の知っている英語とは異なるので、まったく歌詞が聴き取れないんです。ギャングスタ・ラップなんて、「分かったら本当に面白いだろうな」と思いますね。ミュージック・ビデオを見ても訳も出てこないし、時間ができたらネット・サーフィンでも何でもして、「全部聴き取れるようになってやるぞ!」と考えています(笑)。

――50年以上の実績を積まれても、まだまだ言葉への興味が尽きないのですね。

湯川: そうよね。だって言葉は生き物でしょう?その時代の空気を吸い、生きていますから、面白そうだなあと思ったら、時間がある限り「知る」挑戦をしたいですね。50年を過ぎても、まだまだ発見の日々ですよ!

湯川れい子
1960年、ジャズ評論家としてデビュー。早くからエルヴィス・プレスリーやビートルズを日本に広めるなど、独自の視点によるポップスの評論・解説を手がけ、音楽評論家として活躍。ディズニーのアニメーション映画『美女と野獣』『アラジン』などの訳詞も手掛ける。また、作詞家としては『ランナウェイ』『六本木心中』『恋におちて』などが大ヒット。最近は、世界的な人気を誇るアメリカの歌手、キャロル・キングの半生を描き、ブロードウェイで人気を博したミュージカル『ビューティフル』の訳詞を担当。主演のキャロル役は、水樹奈々と平原綾香がダブルキャストで務める。7月26日(水)〜8月26日(土)に帝国劇場で上演。
【文/長島恭子 校閲/磯崎恵一(株式会社ぷれす)】